3世代テーマパークみろくの里
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> 第四章

嗚呼、ホウロウ看板
 ホウロウは、使えば使うほどに耐久性が増すという利点もあって、大いに普及した素材である。雨風にさらされることの多い看板には、まさにもってこいの素材である。看板のデザインは、当時の人気タレントや女優がイメージキャラクターとして用いられたものが主流だったようで、キャッチコピーと商品名が看板の3分の1程を占め、残りの空間は人気タレントなどがニッコリ微笑んでるといったもの。色もはっきりとした色で商品を十二分にアピールしていたようだ。

 こういうところに昭和30年代が持つ空気が何となく感じられるような気がする。
オロナミンCを片手に満面の笑みをたたえている 大村 昆の黒い縁取りの眼鏡や帽子など、今となってはなつかしい。
  看板のデザインの構図としては、今と比べると統一性のない、いろいろなものが混ざり合っているという印象だが、それこそが昭和30年代という時代そのものかもしれない。

ブリキのおもちゃ

 しかし、この頃は、素材も限られていてごくごく単純な作りになっていたようだ。ロボットや貯金箱、少しでも動いたり光ったりすれば子供たちはワクワクしたのだろう。
  子供たちは、想像力を働かせテレビのヒーローになったり、子供たちがヒーローに変身したり、悪者をやっつけたりするためには、ブリキのロボットや宇宙船で十分なのかもしれない。

 最近、テレビなどでも昔のブリキのおもちゃが大人気で高値で売買されているが、ブリキのおもちゃには、子供の頃の夢や素朴な気持ちを思い起こさせてくれる大切なものが染み込んでいるのだろう。

相次ぐレジャー施設オープン
●最高時速55kmの本格的なジェットコースターで話題になった後楽園遊園地が、昭和30年7月にオープンした。その他、入浴施設と娯楽が一緒になった、船橋ヘルスセンターが東京近郊にオープン。こういったレジャー施設は、観光ブームの追い風にのり、大いに家族連れや団体客でにぎわった。
流行語
●昭和30年の風俗用語の代表的なものの一つ「最低ネ!」は、舟橋聖一の作品「白い魔魚」の中で使われた言葉で、女性達の間で流行した。また、それまで神経衰弱と呼んでいた病名が、医学専門用語であるノイローゼに代わり、その年の流行語となった。
ベストセラー
●昭和30年のベストセラーには、
渡辺一夫「うらなり抄」・遠山茂樹、今井清一、藤原彰の「昭和史」・佐藤弘人「はだか随筆」●正木ひろし「裁判官」・石川達三「不安の倫理」などがある。
また、今ではおなじみの日本の代表的国語辞典「広辞苑」も、この年に出版されベストセラーに。
ボディビルの人気
●昭和30年頃、ボディビルが全国的に注目された。作家の三島由紀夫もボディビルを始めたことで話題を集め、実際に体型が逆三角形に変身したことで、ブームに拍車をかけた。この年の12月には、「日本ボディビル協会」が設立されるまでに至った。

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