3世代テーマパークみろくの里
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> 第三章

スピーティーな裁縫の時代へ
 まだ電動ではなく、足で台を踏み、台とハンドルをつないだベルトに力が伝わって動かすものだったようだ。
その前は手動であり、もっと前になると、おばあちゃんが縁側で針を器用に動かし......という時代になるのだろう。
ミシンを使用することにより、手縫いより、より丈夫で、速く美しく仕上げることができるようになった。
 黒いミシンは、今のような軽い素材でできておらず、手で回すハンドルも全て鉄製で、落ち着いた風格がある。
カタカタというミシンの針が動く音が聞こえてきそうな気がする。
 店頭には、所狭しと様々な既製の服が並んでいるが、手を動かし、足を動かし、一着のオリジナルの服を生み出すのも楽しいかもしれない。
出来立てご飯がスイッチポン!
 家々の窓からは、夕闇せまった空に向かって白い湯気が立ちのぼり、やがて、お父さんのただいまの声。
 一家がそろった食卓に白いホカホカのごはんはつきものだった。
電気炊飯器の登場は、昭和30年。それまで、白いごはんを炊き上げるためには、水加減、火加減に気を配らなければならなかった。
目を離すと、たちまち芯が残ったり、お米がこげてしまったりした。
 今や、電気炊飯器は多機能になり、たきこみご飯からおかゆまで、その人の好みに合わせた固さのごはんが作れるようになった。
 「はじめチョロチョロ、中パッパ。赤子泣いてもフタ取るな」
電気釜の登場は、そんなごはん炊きから台所を預かるお母さん達を解放した画期的なものだった。
若者の人気ファッション
●雑誌や広告などですでに知られていた、髪のつけ根を後ろで束ねて垂らしたポニーテールがジュニア向けの髪型として人気をよんだ。また、本来、埃を防ぐために着用されていたダスターコートや、スポーティな感覚のポロシャツも若者の間で流行した。
昭和30年の芥川賞と直木賞
●芥川賞の上半期の受賞者は、遠藤周作「白い人」。下半期は石原慎太郎「太陽の季節」。
「太陽の季節」により、太陽族という言葉が生まれ、慎太郎ブームが起こった。
直木賞は、上半期の該当者はなく、下半期に、新田次郎「強力伝」、邱永漢「香港」がそれぞれ受賞に輝いた。
高校野球とプロ野球
●高校野球では、春の大会では浪華商業が、夏の大会では四日市高校が優勝。プロ野球は、セ・リーグでは読売ジャイアンツが、パ・リーグでは南海ホークスが優勝した。日本シリーズは四勝三敗で、読売ジャイアンツが日本一の座に。
ヒット歌謡曲
●昭和30年、島倉千代子が松竹で映画化された「この世の花」の主題歌を歌い大ヒットし、デビューを果たした。また、三橋美智也 が「おんな船頭唄」でデビューした他、鶴田浩二「赤と黒のブルース」や森繁久弥の「銀座の雀」などがこの年ヒットした。

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