3世代テーマパークみろくの里
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> 第二章

子供たちとともに歩んできたオルガン
 音楽室には、ピアノがあり、これは生徒が気軽にさわれるものではなかったが、各教室に一つはあるオルガンは誰もが気軽にさわって遊べる楽器でもあり、一種のおもちゃでもあった。ちょっとした授業の合間やクラスの催しものがある時に担任の先生がかなでる楽しげなメロディーが隣の教室から聞こえてくることもあったし、休憩時間には、女子生徒が数人集まり、腕に自信のある女の子がひく曲を聞きながら羨望の眼差しでオルガンの周りを囲むといった風景がそこにはあった。時々、男子生徒もやってきて、ふざけながら不興和音をかなでては、女子生徒のひんしゅくを買い、オルガンを乗っ取ってしまうということもあったが、オルガンはいつでも教室の生徒たちの人気者であり、欠かせない存在だった。
 このリードオルガン、別名足踏みオルガンとも呼ばれる楽器は、二つのペダルを交互に動かして空気を送り込み音を出すという仕組みで、最初は、木製のものが主流だったが、時代とともに除々にプラスチックのものへと移り変わっていった。
街角から姿を消したダイヤル式赤電話
 その公衆電話も時代と共に大きく様変わりした。ダイヤル式からプッシュフォン式へ。10円玉からカード式へ。

 つい最近まで、公衆電話は外出した人間と家にいる人間をつなぐ大事なコミュニケーションツールだった。
 駄菓子屋さんの店先で、駅の売店で、財布の中の10円玉を受話器片手に探しては、切れそうになるとあわててもう1枚。少し長電話すると、いつの間にか後ろに人が立っていて、電話が終るのを足でリズムをとりながら待っている。
 急な雨。たばこ屋の軒先にかけこんだ。今は見ることもない赤電話に手をのばし、「もしもし、お母さん?雨が降ってきたんだ。傘を持って四丁目のたばこ屋さんまでむかえにきてくれる?」そんな経験ありませんか?
人気番組・クイズ「私の秘密」
●昭和30年4月にNHKで放映が始まったクイズ「私の秘密」は、珍しい秘密を持つ人物の正体を解答者が当て、ゲストスターと対面させるという内容のもの。司会高橋圭三の冒頭の名ゼリフ・事実は小説より奇なりと申しまして・と共にお馴染みとなり、人気を博した。
マンボスタイル
●ラテン音楽の官能的なリズムに合わせて踊るマンボ・ダンスが若者の間で大流行した。シンプルで動きの速いマンボ・ダンスを踊るために、体にフィットした動きやすい細身のズボンとリーゼント・ヘアという彼等の格好は「マンボ・スタイル」と称された。
トヨペット・クラウン発売
●昭和30年、通産省は国民車構想を発表。排気量は、350cc〜500cc、価格は25万円以下というものだった。同年1月に、クラウンが発表されるが、1500cc、価格は101万5000円という国の構想を大幅に上回るものだった。
クラウンは「自家用向け」ということで売り出したが、当時から高級車としてのイメージが強かった。
CMソング
●松下電器の“明るいナショナル 明るいナショナル・・・”は、今でも耳にする、長年聞き慣れたCMソング。鐘淵紡績(カネボウ)の“カーン カーン 鐘紡・・・”、太田胃酸の“アパッチ、胃酸をくれ!” など、昭和30年はおなじみのCMソングの花開く幕開けとなった。

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